周りはもう話題にしなくなったのに、自分だけが
まだ同じ場所に立っている気がする。
そんな夜を、ひとりで過ごしていませんか。
悲しみに期限はないという話を、そっとお届けします。
まだ悲しくて、いいんです
まだ悲しくて、いいんです。
あれから、ずいぶん時間が経ちました。
周りはもう話題にしなくなって、
自分だけが、まだ同じ場所に立っている気がする。
「そろそろ元気を出しなよ。」
そう言われて、悲しむことにまで、
申し訳なさを感じてしまう。
でも、悲しみに期限を決めたのは、誰でしょう。
悲しみは、病気ではありません。
治すものでも、終わらせるものでもない。
それは、その存在を大切に思っていた時間が、
今もそのまま、あなたの中に残っているということです。
何を失ったのだとしても
その悲しみに、優劣はありません。
深く悲しむのは、深く愛したからです。
長く続くのは、当たり前なんです。
無理に区切りをつけなくていい。
いつもどおりに過ごしていたはずの時間に、
ふいに胸が詰まっても、それでいい。
それは弱さではなく、つながりです。
答えを探すのは、いったんやめて、
ゆっくりと、呼吸を整えてみましょう。
もう少しだけ、深く
悲しみには、
段階があると言われることがあります。
けれど実際には、
順番どおりに進んでいくものではありません。
落ち着いたと思った日の翌朝に、
また最初の場所へ戻っている。
そういうことのほうが、
ずっと多いのです。
悲しみは、直線ではなく波のように訪れる。
そう知っているだけで、
戻ってしまった自分を
責めずにいられることがあります。
それから、もうひとつ。
何かの匂いや、季節の光、
いつもの帰り道。
ふいに胸が詰まるのは、
心の奥が、それをちゃんと覚えているからです。
潜在意識は、
大切だったものほど深くしまっておきます。
だからそれは、
前に進めていない証ではなく、
確かに大切にしてきた証です。
無理にほどこうとしなくて大丈夫。
今はただ、呼吸をひとつ整えて、
今日を越えることだけで、十分です。
もし、眠れない日や
食事が喉を通らない日が続くようなら、
誰かに話してみることも、
自分を大切にするひとつの方法です。
心のメモ
- 悲しみは病気ではなく、治すものでも終わらせるものでもない
- 悲しみに期限はなく、何を失ったとしても優劣もない
- 深く悲しむのは、深く愛したから。長く続くのは当たり前のこと
- ふいに胸が詰まるのは弱さではなく、今も続いているつながり
- 答えを探すのはいったんやめて、ゆっくり呼吸を整えることから