言われた言葉が頭から離れず、
一日中その人のことを考えてしまう。
そんな夜は、気づかないうちに
時間だけを差し出しているのかもしれません。
潜在意識をそっと整える、「見る側」に
戻るための小さな方法をお届けします。
見ている人と、映っている人は違います
見ている人と、映っている人は違います。
言われた言葉に、その場でカッとなる。
返信を打っては消して、また打つ。
「あんなふうに言わなければよかった」と
何度も再生する。
気づけば、その人のことを一日考えている。
腹は立っているのに、時間だけを
差し出している状態です。
反応している間、あなたは映っている側にいます。
映っている人は、筋書きを変えられません。
ところが「あ、今カッとなったな」と
気づいた瞬間だけ、見ている側に戻っています。
何もしていないのに、位置が変わる。
変わったのは、あなたが立っている場所のほうです。
もし今、胸のあたりが重いなら、
その重さに名前をつけてみてください。
「これは悔しさ」「これは焦り」。
直そうとしなくていい。
ただ、名前をつける。
そのひとことで、感情は少しだけ、こちら側から離れます。
消えなくていい。
離れて見えているなら、もう、それに
動かされてはいません。
もう少しだけ深く
感情に名前をつけるという行為には、
思っている以上の力があります。
心理学の世界では、
これを「ラベリング」と呼びます。
「悔しい」「焦っている」と言葉にした瞬間、
高ぶっていた感情の勢いが
少しだけゆるむことが知られています。
面白いのは、
消そうとしたわけではないという点です。
ただ、名前をつけた。
それだけで、距離が生まれる。
感情は、抑え込もうとするほど
こちら側に貼りついてきます。
けれど眺められたものは、
もう、あなたを動かす主人ではありません。
今日、胸が重くなったら。
直さなくていいので、
ひとことだけ、名前をつけてみてください。
心のメモ
- 反応している間、私たちは「映っている側」にいて筋書きを変えられない
- 「あ、今カッとなったな」と気づいた瞬間だけ、見ている側に戻っている
- 変わったのは出来事ではなく、自分が立っている場所のほう
- 胸が重いときは、その重さに「悔しさ」「焦り」と名前をつけてみる
- 直そうとしなくていい。離れて見えているなら、もう動かされてはいない